2006/03/13

カステルバジャック回顧展 Vol.2

カステルバジャックは、軍隊の寄宿学校の荒涼な色に囲まれて幼年期を過ごし、最初の作品は寄宿学校の毛布から作られたコートだったとされています。

13年間学んだ寄宿学校から旅立つにあたって、その思い出をコートにしてしまうところなど、若くからデザイナーとしての才能を持っていたようです。そのことは、18歳の時に早くもヴォーグ誌でファッション界の奇才として紹介されたことからも分かるでしょう。

1972年に、カステルバジャックは建築家のアンドリュ・パットマンが行った工業製品のデザイン大会に参加。その年、ロンドンへ旅行した際に、彼のファッションデザイナーとしてのその後の活動に大きな影響を与えることになった、ヴィヴィアン・ウェストウッド、マルコム・マクラーレンに出会います。

彼の作品が、当時パンクブームを生み出したヴィヴィアンのものと似通った部分があるのも頷けますね。
この回顧展のオープニングパーティにも、ヴィヴィアンが駆けつけ、マルコムからも手紙が寄せられております。 その手紙の内容が会場中央のウインドウに刻まれていましたのでご紹介しましょう。

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私がJean-Charles(カステルバジャック)と知り合ったのは20年以上前のこと。

私はウイスキーを飲み、彼はワイン。彼は英国のロックを好み、私はアメリカのロックンロールが大好き。彼は、真っ赤なハーレーダビッドソンを乗り回していたものだ。

その後、彼はファッションデザイナーになり、私は自分自身がプロデュースしたセックス・ピストルズの衣装を、友人のヴィヴィアン・ウエストウッドと一緒にデザインした。

私は、黒のレザージャケットを着、彼はアーミースタイル。私はレザーとラバーによってセックス・ピストルズの衣装を作ったが、彼は、毛布で自分の服を作っていたんだよ。

その後、私はパリに移り住み、エスニックな音楽に傾倒していったんだけど、彼はクラシックな装いに身を包み、18世紀の音楽を聴いていた。

私は、アナーキスト(反政府主義者)だったけど、彼はロイヤリスト(君主主義者)だったんだ。

彼はアメリカを愛し、私はヨーロッパを愛した。また、彼は現代芸術を愛し、私は古典的なもの、彼はブルースで私はオペラ、私は、マダム・バタフライを、彼はミッキーマウスに新しい解釈を与えたんだ。彼は天使を、私は魂が好きなんだよ。

私は、ロンドンに、彼はパリに。私は、心からスコットランド人なんだけど、彼は多分フランス人なんだね。

 Malcolm McLaren

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ロンドンから帰国後、カステルバジャックは、リッチで鮮やかにきらめく色にのめり込んで行くことになります。昔からまったく変化のなかったスキージャケットでさえ、羽毛を着色し、透明のビニールでデザインするなど、人々が度肝を抜かれるような有名な作品が続々登場することになります。

80年代には、グラフィック絵画にインスパイヤーされたデザインに目覚め、ピカソやロバート・キャンバスなどの作品をデザインに取り入れる試みをスタートさせます。

「高級素材、洗練されたものは大嫌い。デザイナーというよりアーティストとして革命をおこしたかった。」と言う彼の言葉からも分かるように、今回の回顧展のコンセプトは「アカデミックなデザインを紹介することではなく、純粋にファッションを楽しむこと」のようです。

ここを訪れる若いデザイナー達にはきっと大きな刺激になったに違いありません。

※写真のポートフォリオは、カステルバジャック氏が描いたマルコムの顔です。

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