2006/02/07

「かわいい」を嗅ぎ分けられるセンスを持とう

先週ご紹介いたしました四方田 犬彦氏著の「かわいい論」、結構話題になっているようです。

「小さい」「幼い」「弱い」、または、完璧だと思われる年配の人が見せるちょっとした「隙」のようなものをもって「かわいい」と感じるところまでは、ほとんどの人が同意なさると思いますが、そこから先が少し難解。と言うか、著者自身も「かわいい」定義に行き着いていないという不完全さは否めません。

そういう作者の悩みを他所に、最近は海外でも「KAWAII」という単語がアチコチで使われるようになってきており、アニメだけに留まらず、インテリアや服飾のデザインテーマにまで、その単語を見かけるように
なってきました。

  新語辞典によると、英語の「KAWAII」について「cute」には「幼さに根ざした愛らしさ」
  というニュアンスを含んでいないので、日本語の「カワイイ」をそのままローマ字に直
  して英語圏、フランス語圏で使用されていると解説されていました。


そもそも普遍的な「美しさ」という概念と違い「かわいい」という言葉の意味は時代によって変化する、つかみ所のない難しさがありますし、人によっても「かわいい」と思うか、思わないかが違ったりもします。

(あの有名な「ほぼ日刊イトイ新聞」の中には「カワイイもの好きな人々・ただし、おじさんの部」
という理解に苦しむコンテンツまであります)

「かわいい論」の中でも触れられていますが、「かわいい」がテーマになっている(と思われる)雑誌、「Cawaii! (カワイイ)」と、「CUTiE(キューティ)」を比較しても、中身はまったく逆の提案。

Cawaiiは浜崎あゆみで、CUTiEは中島美嘉というと何となく分かる人は分かると思いますが、Cawaii!の狙いは男性からみたカワイイ女性がテーマ。内容は「恋してなきゃ生きられない」といった女子高生にはちょっと過激なもの。一方、CUTiEは女性から見た可愛さで、男性に媚びる記事は一切ありません。

そんな訳から、男女によっても「かわいい」の定義はまったく違うことがお分かりになると思いますが、どちらを選択するかは個人の自由。ここが大切なところで、要は「カワイイ」と感じてくれる人が自分以外
にいるか、いないかが問題なわけです。

いつまでも「かわいい」を嗅ぎ分けられるセンスだけは失いたくないですね。

アイラブブランド 小西清貴

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