2006/01/10
ファッションとロジックの関係とは
この世の中には、論理によって導かれた行動と、まったく別の要素によってもたらされた行動が共存しています。
日本では、昔から論理と言う感覚に馴染みが薄いようで、何故かは説明できないが「こうあるものだ」とある意味、決め付けてられている事柄が沢山存在しています。(逆にアメリカではすべて論理が背景にあるようです。)
良い例としては、文化とか道徳といったことがこれに当たりますが、こういったことの多くは、日本の美徳として世界中から高く評価されており、これからも大切にしていきたい事柄がほとんどです。
実際のところ、人殺しが何故悪いかとか、振る舞いに対してお行儀が良くないといったことに議論は必要なく「悪いものは悪い」で終わりです。
そこにアメリカからやってきた論理という世界。日本にも「風が吹けば桶屋が儲かる」といった話がありますが、これは論理的な手法が如何に曖昧なものかを証明している話であって、実際には風が吹いても桶屋は儲かりません。
(念の為、説明しておきますと、風が吹く→埃が舞う→目が悪くなる→三味線弾きが増える→三味線には猫の皮が使われる→猫が減る→鼠が増える→桶がかじられる→桶屋が儲かる という感じです。
アメリカ大統領が唱えるイラク戦争を正当化する論理も、ほぼこれと同レベルのロジックです。ちなみに、日本では、侵略戦争→悪い!で終わりです。)
これをファッションの世界に当てはめてみると、
寒い→あれこれ着込む→省エネにも効果有り→ウォームビス♪というのがお役人が考えたアメリカ風ロジック。
私は、ファッションにロジックやタブーがあるとは考えませんが、今話題のチョイ悪オヤジで有名な「レオン」風に考えると、
寒い→あれこれ着込む→ダサイ!!!スーツの下に着るシャツは素肌に直接がカッコイイ!!!
となる訳です。
つまりカッコイイ、カッコ悪いには理由は要りませんし、年寄り世代から一部の若い人達の装いを見て「理解できない」なんて意見が出たとしても、理解してもらう為の論理を考えるのは、まったくもってナンセンスです。
論理が正しいのは数学の上においてのみで、評論家が唱える論理の大部分は実際には眉唾ものです。自分のファッションが論理的かどうかを考えた場合、論理で証明できない装いにこそ素晴らしさが隠されており、それが新しい日本の文化にまで高められれば最高だと思いますが如何でしょうか。
アイラブブランド 小西清貴
Posted by 小西 at 20:33 │Comments(0) │TrackBack(0) │
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